こんにちは、相続に強い柏の司法書士です。

 

先日、細田守監督のアニメ映画「未来のミライ」をDVD鑑賞しました。

 

とても見ごたえのある作品でしたが、特に映画後半をみるにつけ私自身の業務のことにも想いを馳せました。今回はそのことを書き記したいと思います。

 

「未来のミライ」は、4歳の男の子くんちゃんに妹の未来ちゃんが出来るという何気ない設定からはじまります。

 

それまで両親の愛情を一身に受けてきたくんちゃんですが、未来ちゃんが家にやってきたその日から世界が激変します。

両親の愛情を未来ちゃんに奪われたくんちゃんは嫉妬に駆られ、未来ちゃんに乱暴してしまうことも。赤ちゃん返りしてみたりわがままをいってみたりとなんとか両親の気を引こうするくんちゃん。両親は両親で、新生児の未来ちゃんに手がかかってしまい、くんちゃんに向き合う余裕がない状態・・・

 

実はこんな状況が、我が家の最近の家庭状況とそっくりで、劇中にちりばめられたかなりリアルな「あるある」に私は思わずうなずきっぱなしでした。

 

もちろん映画はただの子育てあるあるでは終わりません。

 

くんちゃんは不思議な超常的体験を通じて、先祖代々の歴史と記憶の刻まれた「インデックス」に触れ、自分がいかにして自分たり得ているのかということを学んでいきます。

 

ともすればあたりまえのように感じられる自分の存在は、実は何世代にもさかのぼる血(DNA)の連鎖の先端に位置していて、様々な偶然やめぐりあわせ、人の想いが幾重にも幾重にも重なり合ってたどりついた奇跡の結晶のようなものである

と同時に、

自分の存在は未来へと続いていく血(DNA)の架け橋の最初の一歩であり、一族を構成するかけがえなき要素でもある・・・

 

あくまで私の感想ですが。

 

4歳のくんちゃんはここまで理屈っぽくは考えませんが超常的体験を通じてそんなことを感じ取り、未来ちゃんの存在を受け入れ成長していく。そんなストーリーです。

 

翻って、私自身の仕事のことに想いを巡らせました(現実に急戻りですね笑)。

私は現在、主に相続業務を取り扱っています。

相続業務には戸籍謄本の読み解きが欠かせません。ときにはミミズがのたうち回ったような達筆な(?)明治時代の戸籍に、古文書を読み解くかのように眉間にしわ寄せて対峙しております。

依頼者や亡くなった方のルーツをさかのぼるように戸籍を読み解く作業は、まさに先祖代々の「インデックス」を紐解いていくかのような仕事です。

戸籍には人の一生における身分の変動が表現されているわけです。もちろんただの身分台帳に過ぎないといえばそれまでなのですが、そこに人生の一端が刻まれていることも事実なんですね。

相続の仕事において、あまりそのことに感傷的もしくは神経質になりすぎることはできませんし(作業効率が下がります)、戸籍だけでその人の人生がわかるわけでもありません。

 

それでも、戸籍に刻まれているインデックスに最低限の敬意の念をもって仕事にあたること。

 

これは例えば、表現がおかしいかもしれませんが

 

寿司職人が、目の前の寿司ネタに対して、生命への感謝と畏敬の念を抱くこと

 

と同じようなことなんじゃないかなと思います。

 

仮に同じ技術を持つ寿司職人が二人いたとして、一方にはそこまでの感受性があり、もう一方にはそれがなかったとしたら、きっと前者のお寿司のほうがおいしいですよね。

 

司法書士の仕事についても(戸籍に限らず全般において)、きっと同じことがいえると考えます。

高い感受性を保ちながらも、淡々と作業に徹すること。人口知能には笑われるかもしれませんが、そんな境地を目指して今後も業務に取り組んでいきたいと思います。